池田学展 チェイゼン美術館、パンチェンコ氏が講演
■ペンの世界広げる驚異の技術
「池田学展 The Pen 凝縮の宇宙」の関連イベントとして1月21日、池田さんが3年間の滞在制作を行ったチェイゼン美術館(米国ウィスコンシン州)館長のラッセル・パンチェンコさんが記念講演を行った。滞在制作の招致に至る経緯や、池田作品の魅力について語った講演内容を詳報する。(西麻希)
チェイゼン美術館は歴史的日本美術に関して約4800点もの所蔵を誇るが、日本現代美術については手薄だった。この穴を埋める機会を探すなかで、2011年にニューヨークで開かれた若手日本人美術家のグループ展を訪れ、数人の作家の名前をメモに取った。その1人が池田学さんだ。
12年にミヅマアートギャラリーの三潴末雄さん(東京都)を通じ、池田さんと対面。池田さんは米国での制作活動に意欲的で、話をするうちに「滞在制作をしてはどうか」との案が持ち上がった。同館は11年に新館を増築した際に、教室一体型のアートスタジオを新設しており、ここで3年間かけて制作を行うことが決まった。
13年8月にスタジオ入り。日本から取り寄せたパネルの点検や、インクやペンの調達などの課題を克服し、制作が始まった。制作を見守る中で、彼の集中力に驚嘆させられた。心のイメージが手を通して紙に描き出される様は、まるで瞑想(めいそう)を逆再生したようだった。下書きせずに描く彼のアプローチは失敗が許されない。だからこそ、常にどの瞬間も最高の集中力を持ち、創りだすものに心の全てを置いて進んでいく。ある意味とても勇敢だ。
数カ月経過した頃、池田さんに制作風景の公開を持ち掛けると、あまり乗り気でないながらも承諾してくれた。週に4日、1日1時間を公開し、昨年12月まで計523日の公開日数で延べ6445人が来訪。その多くがリピーターだった。
作品の質について語るとき、第一に挙げるべき点は驚異的なペンの技術だ。過去に誰も思いつかなかった方法でペンの世界を広げていき、他の追従を許さない。本展は初期から最新作までを網羅しているので、彼のペン使いがどのような変遷をたどり、いかに多様性に富む高度な水準へ達しているか注目してほしい。
次点は、自己を律する精神力。作りだしながら考え、考えながら作りだす-。毎日毎日、1日数時間この作業を持続する。そして身体力。紙に垂直にペンを当てながら背をかがめ、何時間もその姿勢を維持するため、体への負担が大きい。身体や精神にかかるストレスを制御する力にも素晴らしいものがあった。
池田作品の手法はドローイング(線描画)的でありながら、作品のサイズや主題のスケールの大きさから、鑑賞側にはよくペインティングと認識される。引いて眺めればペインティング、近づけば緻密に描かれたドローイング。ある意味で両方の要素を持ち合わせている。彼の絵を「大きくて小さいね」と言った人がいたが、的を射た表現ではないだろうか。
新作「誕生」の主題には災害が含まれるが、池田さんは決して大災害のストーリーテラーになろうとしているのではない。絵に近づくと、そこには一人一人の個人的な災害や生活の姿があることが感じられる。見れば見るほど絵は小さくなり、そこに新しい発見が詰まっている。作中には色んな皮肉が描かれているものの、破壊された世界を作り直そうと働く人々の姿からは、最終的に希望を見ることができる。



